私がオステオパシーを志すきっかけ

オステオパシー治療院TIDEの大野正晶です。

この記事では私の紹介も兼ねて、この業界を志したきっかけをお話させていただきます。

■自己紹介

九州の佐賀県出身である私には3歳年上の兄がいます。

兄が大好きでいつも兄の後ろをついてまわる子供でした。幼いころから好奇心旺盛で兄のすることはなんでもマネをしていたように思います。

小学生の頃当時兄が所属していたバスケットボールチームに親と応援に行ったり、遊びでバスケットボールに触れることで、自然と自分もバスケットボールをしたいと思い、兄と同じ小学校のクラブに所属しました。入部には年齢制限があったので正式には小学4年から活動しました。そこから高校を卒業するまでの間約9年間はバスケットボール漬けの日々を送り、多くの全国大会や選抜大会にも抜擢され多くの舞台を経験することができました。

■この道を志すきっかけ

しかしその中でバスケットボールが出来ない時期がありました。それは怪我による強制的な休養を余儀なくされた時期です。足関節の捻挫に関しては幾度となく繰り返し、膝の故障、腰椎分離症による長期的なドクターストップなど、常に全身的になにかと問題があり、日々身体と向き合いながらプレーをしていました。

そんな中、運よくチーム専属のトレーナー(坂本氏)や体育教師の指導の元、医師の宣告よりも早期に回復することができ、継続的にトレーニングとマネージャーのケアのお陰で活動を続けることができたのです。その頃の感謝の気持ちは今でも忘れません。その反面怪我で活動ができない辛さを身に染みて感じることができたのもこの時期だと言えます。

私はこの頃から多くの人にお世話になり、自分の活動を支えてもらったという感謝の気持ちが、「自分も人の為に役に立つ仕事がしたい」という想いになり、お世話になっていた整骨院の先生の紹介で行岡整復専門学校に入学することになります。

■専門学校へ進学

入学当時は目標は漠然としていて、将来は整骨院を開業するという目標があるだけでした。

その頃は整形外科や整骨院でアルバイトと学業の両立をして生活する日々でした。専門学校では人体の基礎的な学問をはじめ整復学など専門的なことを学びます。アルバイトでは実際に患者さんの声や先生方の施術を見て学ぶという臨床経験を積ませていただきした。

当時勤めていた先生の影響もあり、次第に「もっと患者さんに良くなってもらうには・・・」ということばかり考えるようになり、参考書を探し回ったり、様々な治療院に施術を受けに行く事で自分なりの治療方法を模索していました。

■オステオパシーとの出会い

そして当時、知人からオステオパシーの事を聞きすぐにセミナーを受講しこの本と出合いました。


のちに私のバイブルとなる本です。

当時色々な治療法を体験したりという中で、オステオパシーの治療を目の当たりにした時は他の治療法とは違う素晴らしさを感じました。それは直感的なものでしたが「自分がしたい事はこれだ」という確信に至ったわけです。

当時オステオパシーは学校に通学して学ぶという体制がない時代でした。ですので受講生は遠い場所であろうと多くのセミナーに通い学ぶという事を繰り返しており、私もセミナーに参加しては練習を繰り返していました。

そんなセミナーに通いだした時期に不運な事に交通事故に遭い(後部からの追突事故)ムチウチにより一時は仕事にも出勤できない時期があり頭・首・背部・下肢の痛みやしびれ、全身倦怠感、吐き気等、数か月の間辛い症状に悩まされていた時でもありました。

そして当時勤めていた整骨院の先生方の治療のお陰でようやくセミナーにも参加できるように回復した頃、セミナー中にも関わらず、テーブルトレーナーの先生が治療をしてくださいました。特別にこちらが症状を訴えていなかったのですが、自然と治療が始まり先生の手が離れるまでの一連の見事な操作や、そしてその直後に感じたの爽快感といったら、、、言葉では表現できない気持ちよさでした。この感覚は今でも鮮明に覚えています。事故を受けてからずっと呼吸が浅くなっていた身体に、一気に大量の空気が入ってきて大きく呼吸ができました。肺ばかりではなく全身で呼吸をするような感覚を感じました。目の前の霧が一瞬で晴れオステオパシーを学ぶ意欲となり現在に至ります。

こういった実体験と通じてオステオパシーの魅力を感じる事ができたことは治療家としても大きな財産となりました。オステオパシーの有効性を体感したことで患者さんにもオステオパシーを受けていただきたいと強く思うようになりましたし、自信を持って提供することができるきっかけとなったと思います。

■開業に至るまで

その後勤務先を整骨院から整形外科に変わり、その間もセミナーを受講したり、同じ志を持った仲間と勉強を続けていくうちに少しづつオステオパシーを実践する機会を増やしていきました。間借りの小さいベッド一台だけ置けるスペースで仕事以外の時間を利用して患者さんを診させてもらったり、家族や友人の身体を治療させてもらったりしていました。生活の多くの時間をオステオパシーに費やし、多くの方の助言や家族の支えもありこの福島にて開業することができました。

この福島は大阪駅から一駅の好アクセスな立地故、飲食店がひしめく大阪でも有数の活気のある街です。幸運な事にご縁をいただいた店舗オーナー様のお陰で繁華街から少し外れた静かな環境を提供いただいております。個人的にお酒の場は好きな方なので近くにたくさんの飲食店があることは密かな楽しみの一つです。お店が多すぎてまだ多くの所は訪問しきれていないですが興味がある方はおすすめのお店の情報交換など是非お願いします☆

■これからのこと

話が脱線しましたが、開業して多くの方を診させていただきオステオパシーの効果を実感していただき、共感してくださる方が増えていることにまずは感謝を申し上げたいと思います。当院のほとんどの方はご紹介の方ばかりですのでこのように更にオステオパシーが普及していくことを願っています。多くの方にオステオパシーの素晴らしさ、そして各人が自立して健康な生活が送れるようにこれからも尽力していきますのでよろしくお願いします。

そして今後オステオパシーの普及の為に技術者の育成にも関わっていきたいと思っております。私自身まだまだ未熟者ですがこれまで学んできた理論や技術を少しでも伝えていけるように、これからも私自身より一層精進して参ります。

これからもよろしくお願いいたします。